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山口地方裁判所下関支部 昭和39年(ワ)214号 判決

原告

古沢春三

右訴訟代理人

岩本憲二

被告

有限会社倉本時計店

主文

被告の原告に対する山口地方法務所属公証人土田吾郎作成第一二五、〇二七号金銭債務の弁済に関する公正証書を債務名義とする強制執行は、これを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事   実(省略)

理由

一、事実問題について、

(一)  原被告間に原告主張の債務名義があり、右債務名義である執行証書上、原告が被告に対し金五三万一、四五〇円を、訴外二名と連帯して、昭和三九年三月以降昭和五三年一二月まで、合計一七八回に分け、毎月末日限り金三、〇〇〇円宛、但し最終回は金二、四五〇円を返済する、一回でも期限に分割金の支払を怠れば、分割払による期限の利益を直ちに失う旨の約定があることについては、当事者間に明らかに争がない。<証拠―省略>によれば、右債務金総額は、金五三万三、四五〇円である。

(二)  原告が右分割返済金の第一回分金三、〇〇〇円を、約定の期限である昭和三九年三月三一日までに支払い、過怠条項の適用を受ける理由がなかつたか否かの点に関して、当事者間に争があるから、これを考えるのに、<証拠―省略>によれば、原告は被告に対し右期限内に金三、〇〇〇円を現実に提供したこと、被告はこれを受取らず、期限後に至り両三日中に受領したが、被告において当時受領しなかつた理由については、原告に対し何ら特段の法的障害たる説明すらなかつたことが明らかであるから、期限内に受領しなかつたからといつて、いわゆる債権者の受領遅滞なるものに帰し、右法律効果を考え、全体として勘案すれば、原告については期限内に被告に対する約定の履行があつたと看做すのが相当で、過怠条項上原告に不利益な分割払による期限の利益の喪失の効果は生じなかつた、と明らかに認めるべきである。

(三)  原告が自陳する、債権差押後の金一〇万円の支払について、これが前記債務名義上の分割払による履行の約定を変更したものでないことも、事情ではあるが、被告が何らの主張立証をしないこと、<証拠―省略>に照らして明らかというべきである。

(四)  従つて、原告は被告に対し、本件債務名義上、原告主張のとおりの期限の利益を有している。

二、法律問題について

ところで、本件のように、既に債務名義があるが、そのうちのいわゆる過怠約款の失権条項に定める条件不成就を理由として執行力の排除を求める異議については、右異議が請求異議に当るか否かについて、説が分れており、また請求異議訴訟と見るにおいては、その執行力排除が一時的な効果しか本来的に有しないものである点において、本件当事者間で明らかな疑問が提示されているから、以下これらの点に触れることとする。

(一)  まず、本件訴訟を、原告の主張にかかるような請求異議訴訟の形で、提起できることについては、次段以下に示すとおりである。そして、請求異議訴訟として適法であるとする場合に、前記のようにその執行力排除の効果が一時的でしかない点について、さきに述べることとする。

本訴請求が、本件口頭弁論終結時における原被告間の権利関係で本件債務名義の執行力の排除を全体的に排除するのを目的とすること、しかし、原告が原被告間の将来の権利関係までこれを含めて執行力の排除を求めているものでないことは、本件弁論の全趣旨から明らかである。右のように債務名義の執行力の排除を、それが将来には及ばないかも知れないといつて、口頭弁論終結時を基準時として宣言されるよう求めること、の不適法を法律上定めている明文はない。そして、本件訴訟の判断が申立がないから、将来に及ばないことも、事の性質上いうまでもなく疑がない。一方、その法律上の性質及び効果を考えると、執行力排除の効果が一時的であるからといつて、請求異議訴訟たり得ないとする論拠は見当らない。けだし、請求異議訴訟は、不当執行の惧れを機縁として、請求権の存否効力いかんと、現実の執行との間のずれを除去することを目的とする、権利の消極的観念的形成に資する手続であるといえるし、これに加えるに、右判断の確定に基く執行力の排除という形成力を、永続的でないとしても、本件において否定するべき理由はない。従つて、債務名義の執行力を、原告の求める限度で、全体として排除する請求であるから、たとい、その効果が一時的であつても、これを認容するのが相当である。この点について、本件債務名義が執行証書である点を考慮して判断を別にしなければならない理由はない。

(二) 本件訴訟が請求異議訴訟として、提起されるか否かに関して問題とされるのは、過怠約款に定める事由についての法律上の性質について説が分れているためである。そこで、本件に必要な限りで、以下これらの点について、簡単に触れる。

(い)  まず過怠約款にいう失権条項の法律上の性質についてであるが、これが広義でいう、執行が条件にかかる場合の一に当ることは、否定できないように思われる。しかして、かような条件が、執行制度の要件をなすものというよりは、むしろ、その制限解除ないし執行開始の要件に当るといつた方が、一層直截簡明にその性質を表現するものと思う。

(ろ) しかしながら、右失権条項の定める事由のうち、債務者の懈怠のあつたことについては、その理由をなす事実に関する限りで、債権者に立証責任を負わせるのは理に合わない。立証責任の見地を採る限り、債務者にかような懈怠のなかつたこと、換言すれば約定の履行をなしたことの立証責任を負担させるのが正当であつて、債権者に求めては、却つて難きを求めることになる。この点は、現在多数の認める結論である。

(は)  しかし、更に考えると、過怠約款は、およそこれを付する基本債務に対する関係では、元来従たるもの又は補充的なものと、その性質を見ることができるものであるから、このような付款を設定したこと自体から考えれば、当事者間に、所定の懈怠事由が発生した場合に、他の点は措くとして、右事由の発生の点については、債務者が債権者にその立証を求めることは、債権者の利益の存する限度で、予め抛棄したと、通常認められない訳ではない。少くも、このような推測の可能な事情が普通窺えるものである。

そこで右(ろ)の理由で、過怠約款所定の事由は、(い)に示すように執行開始の要件であり、広義では条件であるけれども、債権者が執行文の付与を求めるについて考慮すべき、民事訴訟法第一八条第二項の規定にいう条件ではなく、従つて、同法第五二一条にいう条件でもない。というのが相当であり、また右(は)の理由を考慮し、執行迅速の要請を考えれば、特段の事由のない限り、右両法条を準用して、債権者に執行文付与についての特別の手続並びにその中での立証をなさせる必要も認められない。というのが相当である。

従つて、債権者は、過怠約款所定の懈怠事由があつたと述べて執行文の付与を受け得るのであるが、かような懈怠事由の有無をめぐる本件訴訟のような異議は実体上の権利義務に関する事由を挙げての争であるから、もとより執行吏の形式的審査に服する事項でなく、右理由で執行の方法に関する異議には親しまないのが明らかなうえ、上記理由で、民事訴訟法第五四六条の明文には当らず、同条の訴には該当しないとするのが相当である。そしてこのような場合、さきに示した請求異議訴訟の性格に照らせば、債務者が同法第五二二条にいう特定の執行文付与に関する異議を求めることの明らかな場合を除き、請求異議訴訟として右異議の性格を把えるのが、むしろ正当である。ことに、本件では、債務名義が執行証書であることにつき前記のとおりであるが、執行証書に関する請求異議訴訟においては、わが法上、特別に異議事由が広く開放されていることにかんがみ、右結論が一層妥当と思われる。そこで、一般的にいえば、実体上の権利義務に関する過怠約款所定の失権不成就の異議理由たる約定の履行をもつて、同法第五六〇条、第五四五条第二項の異議の原因の一に当ると解するものであるが、さような見地からすれば、本件訴訟は適法な請求異議訴訟というべきである。そして、この立場をとる以上は、本来、現実の強制執行行為が既に着手を見たかどうかは、問題でないというべきである。

三、以上の事実及び法律上の判断によれば、原告の請求は理由があるから、これを認めることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(岡山宏)

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